千葉地方裁判所 昭和43年(行ウ)6号 判決
千葉県市原市島野一、六五二番地
原告
落合忠良
右訴訟代理人弁護士
根本孔衛
同
本永筧昭
千葉市新宿町二丁目二〇八番地
被告
千葉税務署長
右指定代理人訟務部付検事
小川英長
同法務事務官
伊藤真
同
佐藤秀雄
同
伯耆原操
同大蔵事務官
外山太郎
同
倉持秀雄
右当事者間の所得税決定取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の申立て
一、原告
原告の昭和四一年分の所得税について、被告が昭和四二年八月一六日付でなした更正処分中所得税額四四、一〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、被告
主文と同旨。
第二、原告の請求原因
一、原告は、千葉県市原市五井二、七六七番地に本店を、原告の肩書地に営業所をそれぞれ置き、肥料、飼料、建築資材などの販売を目的としている東海物産株式会社(以下、東海物産という。)、の代表取締役である。
二、原告は、昭和四二年三月、原告の昭和四一年分の所得税について、総所得金額を七三三、〇〇〇円(その内訳は、譲渡所得金額四七五、〇〇〇円、給与所得金額二五八、〇〇〇円である。)、所得税額を四四、一〇〇円と確定申告したところ、被告は、昭和四二年八月一六日、総所得金額を三、七五七、〇〇〇円(その内訳は、譲渡所得金額三、四九九、六五六円、給与所得金額二五八、〇〇〇円である。)、所得税額を九七三、二〇〇円と更正し、過少申告加算税四六、四〇〇円の賦課決定(以下、右更正と賦課決定の両者をあわせて本件更正処分という。)をした。そこで、原告は同年九月一三日被告に対し本件更正処分について異議申立てをしたところ、被告は同年一二月五日右異議申立てを棄却したので、原告はさらに同月二七日東京国税局長に対し審査請求したが、同局長は昭和四三年五月一〇日右審査請求を棄却する旨の裁決をし、その裁決謄本は同月一六日原告に送達された。
三、被告は、給与所得金額については原告の申告額をそのまま認容しながら、譲渡所得金額についてはこれと異なる額を決定して本件更正処分をしたが、譲渡所得金額は原告の申告額が正当であり、その理由は次のとおりである。
(一) 東海物産は、古くから日東物産商事株式会社(以下、日東物産という。)から肥料を購入していたが、営業不振のため、同社に対する買掛金債務は、昭和二五年から昭和三六年末までの分が六、〇五二、九二五円、昭和三七年一月から昭和三八年三月一、二一二、九八〇円(合計七、二六五、九〇五円)と累積した。そこで、原告は昭和三八年五月八日(原告の訴状「請求の原因」三項に昭和二八とあるのは、昭和三八年の誤記であると思われる。)日東物産の日東物産に対する買掛金債務を担保するため、原告所有の東京都港区芝新橋四丁目二四番地所在家屋番号同町二四番の二、木造杉皮葺平家建居宅一棟建坪一一・一一坪(借地権付。以下、右建物を本件建物という。)ほか宅地一筆、田畑一七筆について抵当権設定契約を結ぶとともに、東海物産の業績の回復に努力したが、予期した効果をあげることはできなかつた。その後日東物産は昭和四〇年一一月東京地方裁判所に対し、東海物産を被告として右売掛代金請求の訴を提起(同庁昭和四〇年(ワ)第一〇、〇三九号)したが、これに伴い右抵当権を実行されて右抵当物件全部を失うおそれが生じたので、原告は、日東物産の了解を得たうえ、本件建物を売却し、その売得金をもつて東海物産の右買掛金債務の弁済に充当することにした。
(二) 原告は、昭和四一年一月二九日、本件建物及び借地権を有限会社持田ビルに一四、八五〇、〇〇〇円で売却し、その売得金から五、〇〇〇、〇〇〇円を日東物産に支払い(同社は残額二、二六五、九〇五円の債務を免除した。)、これによつて東海物産に対し五、〇〇〇、〇〇〇円の求償権(以下、本件求償権という。)を取得した。しかしながら、同社は、積年の赤字が累積し、債務超過のため破産に瀕しており、また将来も回復の見込みが立たず、僅かに営業を継続している状態であるから、原告の本件求償権はその全部が行使不能である。したがつて、本件求償権については、所得税法六四条二項を適用し、求償債権額五、〇〇〇、〇〇〇円を収入金額(譲渡価額)から控除すべきである。
(三) 以上の点から、原告は、本件建物及び借地権の売却に伴う譲渡所得について、本件求償債権額及び弁護士報酬一〇〇、〇〇〇円と他の諸費用を合計した金額一三、七五〇、〇〇〇円を必要経費として申告したものであり、右金額を収入金額から控除して譲渡所得金額を計算すると、原告の申告額どおりとなる。被告は、本件求償権について所得税法六四条二項の適用を否定し、弁護士報酬支払の事実を否認して、譲渡所得金額を三、四九九、六五六円と過大に決定したものである。
四、よつて、原告の昭和四一年度分の所得税額は、原告の申告どおり四四、一〇〇円であり、本件更正処分中所得税額四四、一〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定は違法であるから、その取消を求める。
第三、被告の答弁並びに主張
(答弁)
一、請求原因一、二の事実はすべて認める。
二、同三の冒頭事実中、譲渡所得金額は原告の申告額が正当であるとの主張は争うが、その余の事実は認める。
同三(一)の事実中、東海物産が日東物産から肥料を購入していたこと、東海物産の日東物産に対する昭和三七年一月から昭和三八年三月までの買掛金債務が一、二一二、九八〇円であること、原告がその主張の日に日東物産との間にその主張のとおりの抵当権設定契約を締結したこと、日東物産が昭和四〇年一一月東京地方裁判所に対し東海物産を被告として原告主張の訴を提起したことは認めるが、その余の事実は知らない。なお、東海物産の日東物産に対する買掛債務の合計は五、五五九、三〇五円である。
同三(二)の事実中、原告がその主張の日本件建物及び借地権を有限会社持田ビルにその主張の代金で売却し、その売掛金から、右買掛金債務に対する弁済として五、〇〇〇、〇〇〇円を日東物産に支払い、東海物産に対し同額の求償権を取得したことは認めるが、その余の事実は否認する。日東物産が免除した債務額は、五五九、三〇五円である。
同三(三)の事実中、被告が譲渡所得金額を過大に決定したとの主張は争うが、その余の事実は認める。
三、同四の主張は争う。
(主張)
一、原告の昭和四一年度分の所得税について、原告のした確定申告、被告のした本件更正処分の内容は、別表一の〈1〉、〈2〉の各欄にそれぞれ記載したとおりである。
二、原告の同年度分所得税の総所得金額は、給与所得金額二五八、〇〇〇円と譲渡所得金額三、四九九、六五六円の合計三、七五七、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨)である。
三、右のうち、譲渡所得金額の算出根拠は次のとおりである。
(一) 収入金額 一四、八五〇、〇〇〇円
原告が本件建物と借地権を売却したことによる収入金額(譲渡価額)である。
(二) 必要経費 七、七〇〇、六八八円
1 譲渡資産の取得費 三、〇〇〇、六八八円
本件建物の取得費一九九、七〇八円と借地権の取得費二、八〇〇、九八〇円の合計である。
2 譲渡に要した費用 四、七〇〇、〇〇〇円
(1) 名義書替料三、〇〇〇、〇〇〇円(松原忠次郎に支払分)と手数料一、七〇〇、〇〇〇円((株)水野、葵商事不動産、早川商店不動産に支払分各三〇〇、〇〇〇円小計九〇〇、〇〇〇円と(株)芝園住宅社に支払分八〇〇、〇〇〇円の合計一、七〇〇、〇〇〇円)の合計である。
(2) 弁護士報酬一〇〇、〇〇〇円について
右費用を支払つた事実が認められなかつたので、被告はこれを否認した。
3 保証債務履行額五、〇〇〇、〇〇〇円について
被告は、原告の本件求償権について所得税法六四条二項の適用を否定し、右金額を収入金額から控除することを認めなかつたが、その理由は後記四のとおりである。
(三) 譲渡所得金額三、四九九、六五六円
原告は、譲渡資産たる本件建物及び借地権を譲渡の日より三年以前の昭和二三年三月四日に買受けているので、本件譲渡所得は長期譲渡所得に該当する。したがつて、その譲渡所得金額は、所得税法三三条三項、二二条二項二号により、収入金額から譲渡資産の取得費並びに譲渡に要した費用を控除し、その残額から更に特別控除額一五〇、〇〇〇円(昭和四一年分)を控除した残額の二分の一に相当する金額である。その計算方式は次のとおりである。
〈省略〉
四、被告が、原告の本件求償権について所得税法六四条二項を適用しなかつた理由は、次のとおりである。
(一) 東海物産の売上金額、借入金、欠損額、新規資産の取得及び新規事業の開始状況を、原告の代位弁済前の同社の決算期である昭和四〇年九月期並びに代位弁済後の決算期である昭和四一年九月期及び昭和四二年九月期について検討すると、次のとおりである。
1 売上金額
昭和四〇年度から昭和四二年度までの各決算期別の売上金額は、別表二の〈1〉、〈2〉、〈3〉の各欄にそれぞれ記載したとおりである。
右各決算期の売上金額(合計)を対比してみると、昭和四一年九月期は、一二、二二七、〇〇〇円で、昭和四〇年九月期の一五、一二九、〇〇〇円に比較して七八%と減少しているが、昭和四二年九月期は一九、四〇〇、〇〇〇円で、昭和四一年九月期に比較して一五八%と大幅に増加しており、特に同社の主力である建材部の売上金額は昭和四一年九月期の八、五一六、〇〇〇円に対し、昭和四二年九月期は一五、六一五、〇〇〇円で、実に一八三%の顕著な伸びを示している。
2 借入金
右各決算期別の借入金の期末残高は、別表三の〈1〉、〈2〉、〈3〉の各欄にそれぞれ記載したとおりである。
原告以外からの借入金についてみると、昭和四〇年九月期末残高一、三八〇、〇〇〇円であつたものが、昭和四二年九月期には期末残高が五〇〇、〇〇〇円と急速に減少している。また、原告からの借入金は、昭和四〇年九月期末残高一、三二八、〇〇〇円が昭和四一年九月期中に七、四六〇、〇〇〇円増加し、同期末残高は八、七八八、〇〇〇円となり、さらに昭和四二年九月期中に二、七六二、五七八円増加し、同期末残高は一一、五五〇、五七八円となつて、毎期大幅に増加している。一方、右借入金は原告側よりみると東海物産に対する貸付金であり、原告は、同社の買掛金債務五、〇〇〇、〇〇〇円を代位弁済した後も、同社に対して昭和四一年九月期中に二、四六〇、〇〇〇円(昭和41年9月期中増加額7,460,000円-代位弁済5,000,000円)、昭和四二年九月期中に二、七六二、五七八円、両期合計して五、二二二、五七八円もの多額な資金を新たに貸付けている。
3 欠損額
各決算期別の欠損額は、昭和四一年九月期八二四、五五一円、昭和四二年九月期四一七、六六一円、昭和四三年九月期五七、九九七円と次第に減少している。
4 新規資産の取得状況
東海物産は、新規資産として車輛運搬具(特殊自動車ショベルローダー)を一、二七〇、〇〇〇円で購入し、昭和四一年一〇月より事業の用に供している。
5 新規事業の開始状況
東海物産の事業収入は、肥料及び建築材料の販売のほか米穀集荷業者としての集荷手数料及び保管料収入であるが、昭和四一年九月期より新たに建築工事関係の事業を開始し、工事収入として、昭和四一年九月期中に一、一二五、八〇〇円、昭和四二年九月期中に五六三、八五〇円の収入を得ている。
(二) 以上の事実によれば、東海物産は債務超過の状態にあるけれども、売上げは大幅に増加しており、かつ、新規資産の取得及び新規事業の開始は、事業が依然として根強く継続している事業回復の兆候すらみえてきたことを如実に示すものである。
一方、東海物産が原告主張のように「積年の赤字が累積し、………また将来も回復の見込みが立たず、僅かに営業を継続している」業態にあるならば、同社の支払能力は皆無に等しく、借入金の返済などは全然おぼつかない状態にあるわけである。しかるに、原告以外からの借入金を返済している事実は、同社が支払能力を保有していることを明らかに示すものである。
さらに、同社が原告主張の業態にあるならば、同社が原告自身の会社であるといえども、貸付金が貸倒れになることを予知してなお多額の資金を投入することは通常あり得ないことである。しかるに、原告が代位弁済後も多額の資金を貸付けていることは、事業が回復の一途をたどつており、将来さらに発展することが確実に予想されるからにほかならない。
(三) 以上のことからみて、東海物産が原告主張の業態にあるとは到底考えられず、原告の本件求償権は所得税法六四条二項にいう「全部又は一部を行使することができないこととなつたとき」に該当するとはいえないので、被告は本件求償権について同条項を適用しなかつたものである。
したがつて、本件更正処分にはなんら違法の点はない。
第四、被告の主張に対する原告の答弁並びに反論
(答弁)
一、被告の主張一の事実は認める。
二、同二の事実中、給与所得金額が二五八、〇〇〇円であることは認めるが、その余の事実は否認する。譲渡所得金額及び総所得金額は原告の申告額どおりである。
三、同三(一)の事実は認める。
同三(二)の事実中、1、2の(1)の事実は認める。2の(2)の弁護士報酬については、支払の事実を否認されても異議はない。3の事実中、被告が本件求償権について所得税法六四条二項の適用を否定したことは認めるが、本件求償権が同条項に該当しないとの主張は争う。
同三(三)の事実中、譲渡所得金額が被告主張の額であることは否認するが、その余の事実は認める。
四、同四(一)の事実中、1の売上金額、2の借入金、4の新規資産の取得状況、5の新規事業の開始状況が被告主張のとおりであることは認める。
同四(二)、(三)の主張は争う。
(反論)
一、被告が東海物産の売上金額などについて被告の主張四(一)において挙示した数額は、かえつて、本件求償権の行使が不可能であることを明らかにするものである。
東海物産の昭和四三年九月期の売上金額は、別表二の〈4〉欄に記載のとおりであり、昭和四二年九月期に比較して売上金額(合計)が一三二%と増加しているが、これは建材部の売上増に基づく。しかし、この売上増は建材の価格騰貴を考慮すると過大に評価できないばかりでなく、売上の上昇率は昭和四二年九月期のそれに比較して鈍化している。昭和四三年九月期の肥料部、車輛賃貸収入については、その数字が示すごとく多くを期待できないし、工事収入はゼロになつている。売上金額(合計)が全体として一三二%と増加している同期においてもなお、東海物産は、右売上金額のほぼ二分の一に当る一二、七四二、四一二円の借入金を有し、五七、九九七円の欠損金を計上して、赤字経営を脱出できない状況にあるのであるから、本件求償権の行使は事実上不可能である。
二、東海物産の借入金について、原告以外からの借入金が減少し、原告からの借入金が増加している経過を示せば、次のとおりである。
(一) 東海物産の昭和四〇年度から昭和四三年度までの各決算期別の借入金の期末残高は、別表三記載のとおりであり、右のうち原告以外からの借入金の内訳は、別表四記載のとおりである。
(二) 東海物産は、昭和四一年九月期中に小川三寿に対し借入金を返済したが、これは同人からの借入金が昭和二七年以来のもので同人から返済を求められたためである。しかし、資金の逼迫のため鳥海郁利から五〇〇、〇〇〇円の貸与を受けた。
同期における原告からの借入金の増加は、本件求償権その他による。
(三) 昭和四二年九月期中に海上信久からの借入金を返済したが、前同様の事情で鳥海からさらに一五〇、〇〇〇円の貸与を受けた。
同期における原告からの借入金の増加は、車輛運搬具(特殊自動車シヨベルローダー)の購入費を原告が本件建物の売得金の中から立替払いした分と未払給料を振替えた分を借入金に計上したことによる。未払給料の振替分には原告の分だけでなく従業員の分も含まれているが、経理上の便宜からすべて原告からの借入金として計上したものである。
(四) 昭和四三年九月期中に鳥海に対し一〇〇、〇〇〇円を返済した。
同期における原告からの借入金の増加は、原告及び従業員に対する未払給料の振替分を借入金に計上したことによる。
三、被告は、東海物産が原告以外からの借入金を返済している事実を目して、同社が支払能力を保有していることを示すと主張する。しかしながら、原告以外の貸主は、海上信久が原告の亡妻の弟、小川三寿が原告の古くからの知人、鳥海郁利が原告の次女洋子の夫であり、いずれも原告への義理から貸与してくれたものであるため、これらの貸主が金銭の必要を生じた場合には、どうしても返済しなければならなかつたのである。そこで、原告及び従業員(従業員も原告の家族やその一族である。)は、一度支払を受けた給料を生活費を切りつめて東海物産に還元するなどして借入金の返済に当てていたのであるが、それに伴つて原告からの借入金が増加したのである。原告以外からの借入金は右のようにして返済され、減少するに至つたのであるから、東海物産が支払能力を保有していることの証左とはならず、被告の右主張は失当である。
四、被告は、貸付金が貸倒れになることを予知してなお多額の資金を投入することは通常あり得ないから、原告が代位弁済後も多額の資金を貸付けていることは、事業が回復の一途をたどつており、将来さらに発展することが確実に予想されるからであると主張する。しかしながら、東海物産は、原告が父祖から継承して会社組織にした同族会社であるため、同社破産は原告の信用保持上許されないし、また、同社の経営は原告にとつて唯一の生計の道である。したがつて、原告は、赤字が累積し回復の見込みがなくても、本件のように原告所有の財産を処分し、あるいは原告及び従業員の給料を振替えるなどの方策を講じて資金を投入し、同社の営業を継続することによつて、原告及びその家族の生活の基盤を確保しようとしているのである。原告からの借入金が増加した経過は先に述べたとおりであつて、被告主張のように同社の事業が回復の一途をたどつており、将来さらに発展することが確実に予想されるからではない。
原告が東海物産に対して本件求償権を行使すれば、同社の経営は破綻し、原告及びその家族は生活の基盤を失う結果となる。したがつて、原告が本件求償権を行使することは事実上不可能なのである。
第五、証拠
一、原告
甲第一号証を提出。
証人根本享英、鳥海洋子の各証言及び原告本人尋問の結果を援用。
乙号各証の成立を認める。
二、被告
乙第一ないし第三号証の各一、二、第四号証を提出。
甲第一号証の成立を認める。
理由
第一、請求原因一、二の事実及び原告の昭和四一年度分所得税の給与所得金額が二五八、〇〇〇円であることは、いずれも当事者間に争いがない。
第二、そこで、譲渡所得金額について検討する。
一、本件建物及び借地権の売却による収入金額(譲渡価額)が一四、八五〇、〇〇〇円であること、譲渡資産の取得費が三、〇〇〇、六八八円(本件建物の取得費一九九、七〇八円、借地権の取得費二、八〇〇、九八〇円)であること、原告が名義書替料三、〇〇〇、〇〇〇円(松原忠次郎に支払分)と手数料一、七〇〇、〇〇〇円((株)水野、葵商事不動産、早川商店不動産に支払分各三〇〇、〇〇〇円、(株)芝園住宅社に支払分八〇〇、〇〇〇円)の費用を要したことは、当事者間に争いがない。
原告は弁護士報酬一〇〇、〇〇〇円を支払つたと主張するが、本件を通じ右主張事実を認めるにたりる証拠はないから、被告が右報酬の支払を否認したのは正当である。
二、東海物産が日東物産から肥料を購入していたこと、東海物産の日東物産に対する買掛金債務の合計は、少くとも五、五 九、三〇五円(昭和三七年一月から昭和三八年三月までの買掛金債務一、二一二、九八〇円を含む。)に達していたこと、原告が昭和三八年五月八日日東物産との間に、東海物産の日東物産に対する買掛金債務を担保するため、原告所有の本件建物ほか宅地一筆、田畑一七筆について抵当権設定契約を締結したこと、日東物産が昭和四〇年一一月東京地方裁判所に対し、東海物産を被告として右売掛代金請求の訴を提起(同庁昭和四〇年(ワ)第一〇、〇三九号)したこと、原告が昭和四一年一月二九日本件建物及び借地権を有限会社持田ビルに一四、八五〇、〇〇〇円で売却し、その売得金から、右買掛金債務に対する弁済として五、〇〇〇、〇〇〇円を日東物産に支払い(日東物産は残債務を免除した。)、これによつて東海物産に対し五、〇〇〇、〇〇〇円の求償権を取得したことは、いずれも当事者間に争いがない。
所得税法六四条二項の「保証債務を履行するため資産の譲渡があつた場合」には、保証人の債務(民法四四六条、四五四条)の履行のため自己の資産を譲渡した場合だけではなく、他人の債務を担保するため抵当権を設定した者が、その債務の弁済に充てるため自己の資産(その資産が当該債務の担保に供されていたものであることを要しない。)を譲渡した場合をも含むものと解すべきである。そうすると、原告の本件建物及び借地権の譲渡が同条項の右要件に該当することは明らかである。
三、ところで、所得税法六四条二項の「求償権……を行使することができないこととなつたとき」とは、当該求償権の相手方である主たる債務者について、破産もしくは和議手続の開始、事業の閉鎖、債務超過の状態が相当期間継続し、事業再起の見通しがないこと、その他これらに準ずる事情が生じ、求債権の行使、すなわち債権の回収の見込みのないことが確実となつた場合をいうものと解すべきである。そこで、以下この見解に立つて、本件求償権の行使が不能であるかどうかを判断する。
(一) 成立に争いのない甲第一号証、乙第一ないし第三号証の各二、証人根本享英、鳥海洋子の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、東海物産は、原告が父祖から継承した個人企業を基礎として昭和二六年四月設立した会社で、肥料の販売、米穀の集荷の業務を行つていたが、昭和二八年に冷害による米の大不作のため農家に対する肥料の売掛代金を回収できなかつたことを契機として、営業不振に陥り、その頃から日東物産に対する買掛金債務が生じはじめたこと、そこで、東海物産は、昭和三〇年頃需要の多く見込まれる建築材料の販売を始めたが、事業は依然として好転せず、資金繰りも困難となり、日東物産に対する買掛金債務は累積したこと、昭和三八年に至り、日東物産から右債務について担保の提供を求められたので、原告は、東海物産の営業を引続き行なう必要から原告所有の本件建物などについて抵当権を設定したものであること、東海物産は、昭和四一年九月期(昭和四〇年一〇月一日から昭和四一年九月三〇日までの同社の決算期)より新たに建築工事関係の事業を開始し、さらに、新規資産として車輛運搬具(特殊自動車シヨベルローダー)を一、二七〇、〇〇〇円で購入し、昭和四一年一〇月よりこれを事業の用に供し(右の建築工事関係事業の開始及び車輛運搬具購入の事実は、当事者間に争いがない。)、現在に至るまで営業を継続していること、東海物産は原告を中心とする同族会社であり、その従業員数も昭和四〇年以降五名ないし七名を越えたことがない小規模の企業であるが、同社の経営は原告及びその家族にとつて唯一の生計の道であること、したがつて、同社の破産は原告の信用を失墜させるばかりでなく、生活の基盤をも失うこととなるため、原告は総力を結集して経営の立直しに努力を重ねていること、本件求償権の発生後においても、東海物産は比較的大手の建設会社と建材の取引をしており、商品の仕入れ、販売の両面にわたつて取引停止などの処分を受けたことは一度もないことが認められ、右認定を覆するにたる証拠はない。
(二) そこで、本件求償権の発生前後における東海物産の営業実績を具体的に考察するため、同社の昭和四〇年九月期から昭和四三年九月期までの各決算期における売上金額、借入金、欠損金の推移を検討すると、次のとおりである。
1 売上金額
昭和四〇年九月期から昭和四二年九月期までの各決算期別の売上金額が、別表二の〈1〉、〈2〉、〈3〉の各欄にそれぞれ記載したとおりであることは当事者間に争いがなく、昭和四三年九月期の売上金額が同表の〈4〉欄に記載のとおりであることは、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
右事実によると、昭和四一年九月期の売上金額(合計)は一二、二二七、〇〇〇円で、昭和四〇年九月期の一五、五三九、〇〇〇円に比較して七八%と減少しているが、昭和四二年九月期は一九、四〇〇、〇〇〇円で、昭和四一年九月期に比較して一五八%と大幅に増加し、昭和四三年九月期は二五、七三〇、〇〇〇円で、昭和四二年九月期に比較して一三二%と伸びていること、これは主として東海物産の主要部門である建材部の売上増に基づくものであり、工事収入、車輛賃貸収入は遂年漸減の傾向にあることが看取される、原告は、建材部の売上増は建材の価格騰貴を考慮すると過大に評価できないと主張するが、同表記載の建材部の売上増加率から判断すると、建材の価格騰貴(近年、建材を含む諸物価が騰貴していることは当裁判所に顕著な事実であるが、建材価格の上昇率がどの程度であるかは、本件全証拠によるも明らかでない。)を考慮してもなお、昭和四二、三年の各九月期における同部の売上は実質上相当増加しているものと考えられるから、原告の右主張は失当である。
2 借入金
昭和四〇年九月期から昭和四二年九月期までの各決算期別の借入金の期末残高が別表〈1〉、〈2〉、〈3〉の各欄にそれぞれ記載したとおりであることは当事者間に争いがなく、昭和四三年九月期の借入金の期末残高が同表の〈4〉欄に記載のとおりであること及び原告以外からの借入金の内訳が別表四にそれぞれ記載のとおりであることは、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
右事実によると、原告以外からの借入金は、返済、借入を繰返しながらも、全体としては毎期減少し、昭和四三年九月期の期末残高は四〇〇、〇〇〇円であること、他方、原告からの借入金は、昭和四〇年九月期の期末残高一、三二八、〇〇〇円が昭和四一年九月期中に七、四六〇、〇〇〇円、昭和四二年九月期中に二、七六二、五七八円、昭和四三年九月期中に七九一、八三四円それぞれ増加し、同期末残高は一二、三四二、四一二円となり、毎期著しく増加していること、原告は、東海物産の買掛金債務五、〇〇〇、〇〇〇円を代位弁済した後も、昭和四一年九月期から昭和四三年九月期までの間に合計六、〇一四、四一二円を同社に対し新たに貸付けていることが明らかである。
証人鳥海洋子の証言及び原告本人尋問の結果によると、原告以外の貸主のうち鳥海信久は原告の亡妻の弟、小川三寿は原告の古くからの知人、鳥海郁利は原告の次女洋子の夫であり、いずれも原告への義理から東海物産に金銭を貸与したものであるため、同社の代表取締役である原告としては、これら貸主が貸金の返済を求めた場合には、種々金策を講じて返済しなければならなかつたこと、小川三寿、海上信久から返済を求められたが、東海物産は資金難に陥つていて手持金からの返済は不可能であつたので、原告は本件建物の売却代金、鳥海郁利からの借入金あるいは原告及び従業員の給料の一部を東海物産に振替えた分をもつて小川、海上に対する借入金の返済に充てたこと、このようにして、原告以外からの借入金は減少したが、他面、原告からの借入金は本件求償権を借入金に計上したのをはじめ、東海物産の資金の逼迫から原告及び従業員の給料の未払振替を余儀なくされ、その分を経理上すべて原告からの借入金として一括計上したため、毎期大幅に増加したこと、したがつて、原告からの借入金は、原告側からみると東海物産に対する貸付金ではあるが、企業活動の積極的な拡大に向けられた資金の投入とは異なることが認められ、右認定を覆すにたりる証拠はない。
3 欠損金
昭和四一年九月期の欠損金が八二四、五五一円、昭和四二年九月期のそれが四一七、六六一円、昭和四三年九月期のそれが五七、九九七円であることは、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべく、右事実によると、欠損金は毎期急速に減少していることが認められる。
(三) 以上の(一)、(二)の事実を総合して判断すると、東海物産は、債務超過の状態が相当期間継続していて、早急に事業の回復を遂げることは困難であるが、しかし、事業の再起には全体として希望的見通しを立て得る状況にあるものといわねばならない。してみると、原告の本件求償権は、行使の見込みのないことが確実となつた状態にはなつていなかつたものというべきである。
原告は、東海物産に対して本件求償権を行使すれば、同社の経営は破綻し、原告及びその家族は生活の基盤を失う結果となるから、本件求償権の行使は事実上不可能であると主張する。
原告が本件求償権を一度に行使して債権の回収を完全に計ろうとすれば、あるいは原告主張のような結果を招来するかも知れないが、債権の回収は、債務者の営業実績と支払能力に応じ、その再起を阻害しない範囲と方法によつてもなし得るものであり、また、合理的経済人は特別の事情の存しない限り、一般的にそのような手段を探るものである。本件を通じ、原告の本件求償権の行使が右のような手段により得ない特別の事情を見出すことはできないから、原告の右主張は失当である。
そうすると、本件求償権については、所得税法六四条二項を適用して求償債権額五、〇〇〇、〇〇〇円を必要経費に算入することは許されないこととなる。被告が本件求償権について同条項の適用を否定したのは正当である。
四、原告が本件建物及び借地権を譲渡の日より三年以前の昭和二三年三月四日に買受けたこと、そのため、本件譲渡所得は長期譲渡所得に該当すること、特別控除額が一五〇、〇〇〇円であること及び譲渡所得金額の計算方法が被告主張のとおりであることは、当事者間に争いがないので、譲渡所得金額は三、四九九、六五六円となる。
第三、そうすると、原告の昭和四一年度分所得税の総所得金額は、給与所得金額二五八、〇〇〇円と譲渡所得金額三、四九九、六五六円を加算した三、七五七、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨)となるが、この場合における所得税額が九七三、二〇〇円と計算されることについては、原告において明らかに争わないから、原告の同年分の所得税額は、被告主張のとおり九七三、二〇〇円となる。
また、過少申告加算税は、右所得税額と原告の確定申告にかかる所得税額四四、一〇〇円との差額九二九、一〇〇円に一〇〇分の五を乗じた金額であるから、被告主張のとおり四六、四〇〇円(一〇〇円未満切捨)となる。
第四、以上の次第で、被告のなした本件更正処分にはなんら違法な点はなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡辺桂二 裁判官 川口春利 裁判官 勝又譲郎)
別表一
〈省略〉
別表二
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別表三
〈省略〉
〈省略〉
別表四
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